ASYLUM プロフィール

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ASYLUM

ファッションユーザーとしての長年の経験を生かし、1枚1枚の服のアレコレをできるだけ丁寧にを伝えて着てもらうこと・・・これをコツコツ積み重ねております。

 

年々、ものすごい勢いでブランドが増え、服の数・種類・価格帯がメチャクチャ増えてます。

それらの善し悪しを決め購入するのは、我々ファッションユーザーです。

本当に良いモノ・欲しいモノを見つけたとしても、値段で諦めてしまって、その代用品(それに似た安価なもの)で済ませてしまい、後々後悔した事はありませんか?

それは、単なる「消費」であり、「安物買いの銭失い」になってしまい、「欲しいモノ」が「どうしようもないモノ」になる瞬間です。

興味を持ち続けていれば、この経験が次の買い物に生かされもしますが、諦めてしまう人がたくさん居ます。

仮に、購入できるようになるまでお金を貯めていたとしても、結局そのタイミングを逃してしまったり、そのモノやブランド自体が無くなってしまう事もあります。

 

少しでも心地よく、上質に感じさせてくれる服・・・

楽しくなったり、気分が良くなったりする服・・・

時には、戦闘服の様に心身を守ってくれる服・・・


こんなアイテムに出会って着てみて下さい!

それらのアイテムが愛用品になった時、あなたの「日常」が変わってる事に気付くと思います♪

 

流行に左右されないスタンダードなアイテム、アウトドア・ミリタリー・ワーカー系の道具的アイテム、DCブランドなどのデザイン性の強いアイテム、そして当店オリジナルの「shiii+po(しっぽ)」・・・・・

これらを、いかにして、カッコよく着てもらうか、楽しんでもらうか、そしてその人らしく着てもらうか、一人一人にお似合いのアイテムや「いいモノには訳がある」的なオススメできるアイテムを紹介させていただいております。

服選びのポイントやコーディネートのアドバイスだけでなく、興味のある方には、カルチャー・時代背景・素材や縫製など、掘り下げてお話させていただいたりもしています。

服・素材・コーディネートなどファッションにまつわるアレコレ・・・、お気軽にご相談下さい。

老若男女問わず、服に興味のある方・ファッションが好きな方を応援します!

 

from ASYLUM SINCE 1998

 

 

 

ファッションユーザーの一人として・・・(自分と服のプロフィール)

自分で服を買いに行くようになった10代の頃のお店は、ジーンズショップ(オーハシ)とメンズショップ(NOW)、あとは、百貨店の洋服売場くらいだった。 小学校高学年~中学生くらいから、ジーパンが好きになり、ベルボトム→スリム→ストレートと一気に駆け抜けた。 最初は、国産ブランド(ボブソン、ビッグ・ジョン、バイスラー、etc...)を着用。 高校生になってから、本場USAのLevi'sやLeeを履き始めた。 高校1年の時、初めて買った「LEVI'S 501」は、大失敗! 『生デニム』を購入し、その場で丈あげ、そして自宅でひと洗いしたらくるぶしが出るくらいに縮んで、かなりショックを受けたのを覚えている。 『生デニム』がこんなに詰まるとは、夢にも思わなかった。 しかし、もう1本買う余裕もなく、泣く泣くそのまま履いていた。 憧れのジーパンが、まるで田舎者のズボンになってしまった。 良い勉強であった。

1970年代に「VAN」を始めとするIVYが流行り、中学3年頃には「ヘビーデューティー」というUSA的アウトドアカルチャーが日本に紹介されて、そそられるモノがたくさん出てきた時代でもあった。 仲間内で、「VAN」のアイテムや、ワークブーツ、マウンテンパーカー、CPO、マッキノークルーザーなどをがんばって買っていた。 (残念ながら、僕はMade in USAではないモノしか買えなかったが・・・) それと同時期くらいに、ヨーロピアンカジュアルとして「JUN」「DOMON」が新潟(ミドリヤ)に登場した。 そして高校生になると、ツッパリくん大流行! (当時、まだ「ヤンキー」とか言ってなかったような気がする) パーマやアイパーをかけ、学生ズボンは、極太の「ズンドウ」を履き、学生鞄の代わりには「チョンバック」。 ところが、僕の場合、見た目はツッパリくんでも、どこかIVY色が抜けなかったので、 学生服の下はポロシャツかボタンダウンシャツ、 靴は、adidasのアメリカーナ、converseワンスターなどのバッシュを愛用してた。  *この頃は、まだadidasのスーパースターが買えなかったのを今でも覚えている。 周りのほとんどが、ハイネック・オープンシャツ・ハクバン(白くて細いベルト)・黒か白のクツが多かった中、そこから外れたIVY&Traditionalを着ていた。 高1の冬に、念願だったVANのマッキノークルーザーをゲット! やっぱり、アイビー・ヘビーデューティーから抜けられない・・・と思いつつ、背伸びしてヨーロッピアンも着たくて「JUN」「DOMON」もよく見に行っていた。 そうこうしてるうちに、映画「サタデーナイトフィーバー」がブームになり、ディスコでフィーバー!の時代がやってくる。 自分のディスコファッションは、全くアメリカモノから遠のいて、色・柄・形をどう奇抜に目立つようにするか・・みたいなノリであった。 原色・ビタミンカラー使いまくりである。 高校3年くらいに、「Y.M.O」が大ブームになって「テクノ」の時代になる。 ヘアースタイルを「テクノカット」にして、メガネもボストン・ウエリントンに変えた。 しかし、着てた服が、「アイビー」「アウトドア」「ディスコ」なので、もうメチャクチャ!! この頃にして、かなりの自己流MIXファッションだったと思う。 そして高校卒業してからは、「モノトーン」ブームがやってくる。 それから、少し経って「プレッピー」へと移って、18~19の頃(1980年くらい)には、「プレッピー」「サーファー」「ハマトラ」などがブームになった。 再びメンズショップ(NOW)やその他のメンズショップ(KAWASAKI、MURAYAMAなど)へも足を運んでいた。 金ボタンの紺ブレにエンブレムを付けたのもこの頃である。 そして、「アイビー」の延長上の「プレッピー」のスタイルにハマり、「サーファー」「ハマトラ」の女性に憧れた。 自分自身「サーファー」のカッコもしたかったが、どこか軟派な感じがしてどうしてもできなかった。 今となっては「サーファー=ファッション」としてしか捉えてなかった自分が情けなく、 もっとカルチャーを掘り下げておけば良かった・・などと反省。

この頃は、青学近くの「ボートハウスクラブ」などのロゴトレーナーが大流行、「レインスプーナー」などのプルオーバーボタンダウンシャツも大流行、そして「VAN」が復活!・・・などなど、今でも新鮮で、かつ、懐かしい。 当時は、ロゴトレーナーを買うために、渋谷近辺の「SHIPS」「BEAMS」などのセレクトショップをほぼ1日かけて見て回った。 その時は「SHIPS」で購入(シンプルなゴシック体で"SHIPS"とはいっただけのもの)。 もちろん、復活したての「VAN」のトレーナーも購入したのは言うまでもない。 今となっては懐かしい思い出である。

それから後は、勤めていた会社の本社が渋谷だった事もあり、毎年のように渋谷の「SHIPS」へ行くようになる。 (何年か後に、古町に「Museum for SHIPS」がオープンした時は、スゴく嬉しくて、ホントよく通ったな・・・)

就職試験へはスーツを着て行ったが、当時のリクルートファッションのほとんどが「紺のスーツ+白いシャツ+エンジのネクタイ+黒い靴」というスタイル。 それがイヤで、「チャコールの3ピース+ピンクかブルーのOXボタンダウンシャツ+ネイビー系のレジメンタルタイ+茶のローファー」で挑んだ。(後に、採用を決めた人事担当の方から「個性があったから周りの反対を押し切ってお前に決めた。」と教えられる。)

当時のスーツには合うサイズがなく、代わりに紺ブレやツィードジャケットなどを愛用していた。 この頃は、「オンタイム」の衣類がメインとなり、私服はとてもシンプルになった。 唯ひたすら、トラディショナル&スタンダードなカッコが好きだった。 その数年後、1985年前後の頃だっただろうか、DCブランドの大ブームがやってきた。 「コムデギャルソン」 「ニコル」 「コムサデモード」 「BIGI」 「Y’s」 「イッセイミヤケ」 「メルローズ」 「ラストシーン」 などなど、数え上げたらきりがないくらいに、スゴいブームになった。 (自分で気にかけてたブランドは、メンズなのでレデースも入れたらもっと凄くなる) 新潟では、ファッションビル「WITH」が、まるごとDCショップで、セールの時なんかはもの凄い人で溢れていた。 徹夜組はあたりまえで、初日は店内グチャグチャ、見るに見れない、試着もできない、選べない、etc... どこか「買えたらラッキー」なんて感じにさえなってしまう不思議な空間・時間であった。 ビル内は、ハッピ姿の店員さんたち、タイコや鳴りもの、大きな声の呼び込み、etc... 売る方も買う方も、すごいエネルギーで、まるで「お祭り」であった。 テレビなどで、おばさま達がワゴンに群がる姿を見た事があると思うが、それに近かった。 それを経験してからは、2度と初日や休日には行かなくなった。

カスタマーの方々は、セール前にハガキ持参で入店・購入できたが、あいにくそんなハガキは自分には来る事はなかった。 (1回だけ、人のハガキで入った事があったけど・・・) そんな波も2~3年くらいで落ち着いただろう。 「流行」「ブーム」の波ってスゴい!! それがわかっているけど、その時は欲しくなる、着たくなる・・・ それが「流行」であり「ブーム」なのである。

自分が当時着てたのは、「メルローズ」「ニコル」「BIGI」「ラストシーン」etc..だった。 しかしながら、この当時の服、今では1枚もない・・・

その後、1990年頃から「アメカジ」ブームがやってきた。 当時の時代背景だと「チーマー」なんてのもあったっけ・・・ US古着のカルチャーもこのあたりからポピュラーになったと思う。 アイテムで挙げると、ジーパン、Tシャツ、スウェット、ネルシャツ、etc... この頃は、新潟でも結構見る事ができた。 流石に「アメカジ」と言うだけあって、 まだまだ「Made in U.S.A.」がたくさんあった。 今では、USA製ってだけで「オリジナル」や「ヴィンテージ」の称号をあたえられるモノも数多い。 スニーカーでは、VANS、converseなどが良い例だろう。 当時は、「Made in USA」があたりまえなので、 逆に「USA製」にはこだわる必要がなかった。 USA工場が無くなってから、序々に脚光を浴びるようになった 。( 当時は、adidasの「Made in France」(もしくはEU製)も スポーツショップなどで、安く並ぶ事があって、よくチェックしに行ったもんだ!笑)

そして、スウェットやTシャツなどもスニーカー同様と言える。 代表格のチャンピオンを例に挙げると、リバースウィーブは普通にUSA製で、 古着で80年代モノも、まだ普通に並ぶ事が多かった。 へたすると、単タグなんかも混じってたりしてた。 ジーパンは、Levi'sがUSEDデニムの代表格。 “E”(ビッグイー)、”66”(ロクロク)は、ヴィンテージとして扱われてたが、赤耳は、まだ微妙な位置にいた。 ノーマルの中に、まれに、赤ミミが混じってる事もしばしばあった。

当時は、「タグ」や「ジップ」のメーカーなどもよく見てた。 「お宝」アイテムを見つけると嬉しかったものである。 それらのアイテムに混じって、 「アウトドア」「ワーク」「アロハ」「ミリタリー」「バイカー」なども加わって、厚みを増してより楽しくなってきた。 オリジナルはもちろんだが、日本発のレプリカも定着してきた。 中でも、「デニム」「フライトジャケット」「アロハ」のこだわりには、かなりハマってしまった。 オリジナルを忠実に復刻するだけでなく、さらに「コダワリ」が入ったモノもあった。 中でも入りやすかった「デニム」では、 当然の事ながら、古い織り機でセルビッチ付きで織られたもので、 本藍の「○○回染め」とかもこだわっていた。 さらに、色落ちを楽しむため、各自、いろんな工夫をしていたのだ。 これら「レプリカ」は、ガンガン使い込めるので、今でも十分そそられている。 自分の中では、今だに「ビンゴ」アイテムである。

1995年後半~1996年あたりからのナイキは凄かった! Air Max 95 , Air JORDAN などが火付け役となり、ハイテクスニーカーブームが到来した。 発売当初は、それほど売れなかったような気がするが、 テレビや雑誌の影響だろうか、なくなる頃に火がついて、 一気にプレミア化してしまった。 その後も、このブームは白熱し、とんでもない価格になったり、 「エアマックス狩り」などの事件にまでなるくらい。 翌年に発売された「Air Max 96」も即完売状態になり、当然の事ながら、 店頭などには並行輸入モノが日本定価以上で並んでいた。 同時に、フェイクもたくさん市場に出始め、空前のスニーカーブームとなった。 更に、1996年はアトランタオリンピックも重なり、 オリンピックモデルや、NBAプレイヤーのシグネチャーモデルも発売前から話題になり、人気モデルは、即完売状態・・・ ナイキ以外にも、リーボックのポンプフューリーなんかも人気があった。 並行モノが並びはじめた頃、 フットロッカーやフットアクションなどの海外ショップ別注モノも高値で売られるようになった。 もちろん、国内正規では買えないカラーで、数も少なく、高価だった事を覚えている。 このあたりから、「別注」「ダブルネーム」「限定」「国内未入荷モデル」・・・ なんていう言葉が飛び交うようになった気がする。 スニーカーブームに火がついて、現行モデルだけでは飽き足らなくなると、過去のモデルも注目されはじめた。 Air JORDAN なんかは、良い例だろう。 1996年はJORDAN11が発売されたが、再度、火がついて1~7がまたまた人気が出てきた。 JORDAN 10では、NIKE得意の都市限定カラーも再度話題になった。 Air Force 1 の人気が定着したのもこの頃だった。 「これでもか!」ってほど、いろんなカラーが発売された。 ハイテクスニーカーが落ち着きはじめた90年代の終わり頃、85'sローテクバッシュのDUNKが2色だけ復刻され、またまた話題になった。 その後は、AF1 より、DUNK の方が人気が出たような気がする。 21世紀に入ると、ターミネーターまでも復刻された。 チームコンベンションだけが、まだ日の目を見てないが、 NIKEの1985年のバッシュは名品揃いである。(もちろん、adidas や convers も負けてない・・・ つくづく「ブーム」「流行」の仕掛けってすごいものだと実感した)

このアメカジ&ハイテクスニーカーブームに乗っかって(?)、 ファッションでは、USストリート系、 さらにドメスティックストリート系と進化して行くのである。

ハイテクスニーカーがもたらした影響・・・ アスリート以外に似合うファッション「ストリート」もその一つだろう。 ブランドで言えば、 「STUSSY」「Supreme」「APE」「グッドイナフ」「ジェネラルリサーチ」「アンダーカバー」などなど、キリがないほどたくさんある。 その後も、たくさんのブランドが誕生し、話題になる。 この時、流行したブランドの中には、DC色が強いものも多かった。 さらには、幅が広がり、多種多様のブランドが入り乱れた。 「ヴィヴィアンウエストウッド」「Buety Beast」「20471120」「ナンバーナイン」・・・ これらのブランドは、新品・中古問わずに人気があり、とても高かった。 雑誌などでも、「紹介」のレベルでなく「あおり」のレベルで取り上げられた。 限定商品などは、長蛇の列ができたり、「抽選販売」なんてのも多かった。 当然、そうなれば、「モノ」が有名になり、たくさんの人が欲しくなるが手に入らなくなり、「需要」と「供給」のバランスが合わずに「プレミア」化・・・ 数千円のTシャツでも数万円になるモノまで出て来た。 「高級ブランド」のレアアイテムのノリである。 奇妙な現象ではあったが、商品そのものに「パワー」を感じたのもこの頃のアイテムの特徴である。 当時の銘品は、今でも魅力的であり、人気もある。

そのような現象に疑問を感じつつ、 1998年7月4日、今のASYLUMをオープンした。 「プレミア無し」でスタートし、現在にいたる。 その後は、ドメスティックブランドを中心に、人気が高くなり、 ジャンルの多様化へと進んでいく。

「モード」「ロック」「Hip Hop」「サイバー」「ゆるカジ」「セレブ」などなど・・・ 今でも、その多様化は進み、進化している。 どこまで行くのか、どうなっていくのかは、現時点では解らない。 しかし何時の時代でも「本物」は残り、続いていくだろう。 そんな「本物」を意識しながら、「現時代」のファッションを楽しんでもらいたい。